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東京地方裁判所 昭和23年(行)48号 判決 1948年11月06日

屑屋極〓こと

原告

齋藤朗

被告

東京大學總長

外一名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負擔とする。

請求の趣旨

原告は、「被告は、その費用を以て大學新聞、朝日新聞(全國版)、毎日新聞(全國版)、讀賣新聞、新東京新聞等に「昭和二十三年二月二十三日附を以て送付相成りました貴著「維新科學論一卷抄録」(一、天體に關する科學説の多くはドグマである。二、相對性原理を抹殺して彈性エーテルを復活すべきである。三、太陽は熱塊ではない)に對し、理學部長岡田要として發送したる反駁文は岡田要個人の感想を表明したものであつて、敎授會の審査の結果の報告ではない、貴下が其反駁文を反撃し、更に追撃されたるに拘らず本官等がそれを默殺したところ、貴下が遂に、「學位請求論文再審査等請求事件」と言う訴訟まで提起される等のお迷惑をかけたるは、之全く本官等の不明の致すところである。年月日、東京大學總長、南原繁、東京大學理學部長岡田要、維新科學者、屑屋極道殿」と言う文を掲載せよ。訴訟費用は被告の負擔とする」。との判決又は、「被告は原告に對し、原告の學説を發表するために、學務に支障を及ぼさざる限り、其大講堂の使用を許可せよ。訴訟費用は被告の負擔とする」。との判決を求める旨申立て。

事實

原告は、理學博士の學位を請求する目的を以て、昭和二十二年六月三十日附で學説審査請願書並びに「維新科學論一卷抄録」を學位授與を掌る被告東京大學總長南原繁宛に提出したが五ケ月餘り何等の音沙汰がないので、同年十一月二十九日附を以て照會したところ、同月二十九日附で被告同大學理學部長岡田要から、學説の件については、學位請求論文の審査は敎助會に於て行うが、學説の討議は學會に於て爲す故、該當學會へ照會されたいとの返書と共に、提出中の右論文を返戻して來た。そこで原告は、更に昭和二十三年二月二十二日附で、學位請求論文審査願と題する書面を以て「維新科學論一卷抄録」の審査並びに若し手續上の不備あらばその點、及び審査料金額の通知を願い出、且つ前記論文を右總長經由、右理學部長宛提出したところ、同年四月六日附で右理學部長より、原告の學説は何等の實證を伴はない思想の遊戲にすぎない。原告が攻撃する大陽が熱球であるという學説はそれを裏ずけるに足る實證もあり、之によつて今日の天文學は立派に進み得ているものである。從つて原告の學説には到底同意し兼ねる旨の返書があり、この意見に對し、原告は「同年四月十二日附、同月十四日附、同年五月四日附各書面を以て反駁し前記論文の審査を請求したが、右總長等は何等の應答をせず、右の如く、論文審査請求の手續上の不備につき通知せられたいと願い出たに拘らず何等の通知もせず、その手續上の不備を理由として前記論文の審査を拒み、その職務を行うについて謹愼懇切なることを務むべき官吏たるの義務に違背して故意に依り違法に、原告の學位請求權を妨害して原告に損害を加えたものでこのため、原告は昭和二十三年六月十日東京地方裁判所に對し學位請求論文再審査等請求の訴を提起するに至つたところ、被告等は右訴に對する答辯書で前記理學部長の返書は同部長個人の意見を表明したもので學問的水準に達しない論文を提出して學位を請求せんとする原告の名擧のため或は費用と勞力とを無益に費させないため原告の飜意を促したものであると答えたが、この答辯は原告の名譽を毀損するものであり、また右訴訟の記事が著しく原告の名譽を毀損する如き形式で同年八月二十四日附讀賣新聞紙上に掲載されたことも要するに被告等が原告をして右訴訟を提起さざるを得なくしたためによるものであるから被告等によつて原告の名譽が毀損せられたことに歸着するので、その囘復のため被告は請求趣旨記載の文の各新聞への記載を爲すか或は原告の學説を發表せしめるため請求趣旨記載の如く東京大學の講堂の使用を許可すべきであるから、本訴請求に及んだと述べた。

被告指定代表者は、「原告の訴を却下する。訴訟費用は原告の負擔とする」或は「主文と同趣旨」の判決を求め、原告の主張事實中原告が昭和二十二年六月三十日附で被告東京大學總長宛に學説審査請願書並びに維新科學論一卷抄録を提出した事實、同年十一月二十一日附で照會状を送付してきた事實、同月二十九日附で同大學理學部長より返書し、論文を返送した事實、昭和二十三年二月二十二日附で、原告が總長經由、理學部長宛に論文審査願並に前記論文を提出した事實、同年四月六日附で理學部長が書状を發しその内容が原告主張の如きものである事實、同月十二日附で原告より反駁状を送付してきた事實、同月十四日附で原告より再審査請願書を送付してきた事實、同年五月四日附で反駁してきた事實、及び被告大學總長南原繁は學位授與を掌るものであることは認めるが被告等が原告の權利を違法に侵害したことがない、被告は原告の學位請求か正規の手續に依つて爲されていないので、その論文を審査しなかつたものであり、原告が正規の手續を踐んだ上で、あくまで學位を請求するならば被告としては、これを拒む意思はないのであつて、違法に原告の學位請求權を侵害した事實も官吏服務規律に違反した事實もなく又理學部長の昭和二十三年四月六日附原告宛書状の内容は原告主張の通りであつて要するに被告等の行爲により原告の社會的評價を害したこともないから、原告の請求は理由がないと述べた。

理由

先づ、謝罪廣告の請求について考えて見ると、原告の主張は要するに、被告等が原告提出の學位請求論文の取扱に關し請求手續上の不備に假託してその審査を拒み且原告の學説を侮辱する言辭を弄して原告の名譽を毀損したと言うにあるが、學位令及びこれに基き定められた東京大學規則には請求手續の不備についての問合せに對して長又は學部長から囘答を與えねばならぬ趣旨の規定はない。もとよりかかる囘答を與えることが懇切であるにはちがいないが、一定の請求手續を定めた意味は一面に於てはこれに適合しない請求は却下してよろしいと言うことであり、請求者としては他を賴ることなく自ら進んで規則に適合した手續を踐むべきであり、その適否如何はむしろ請求者自らの責任に歸すべき事柄である。加え提出された論文が一見して審査に値せざるものと總長又は學部長に於て、判斷した場合にもなお且囘答を與えて不備を訂正させることが必ずしも懇切なりとは言えない。本件に於て被告等が請求手續の不備を指摘し、原告に對して囘答を與えなかつたからと言つて、直ちにこれを目して審査を拒み官吏たるを義務に違背したと言うことは不當である。又昭和二十二年四月六日附の被告東京大學理學部長岡田要の囘答は、原告の學説が何等の實證を伴わない點を指摘し實證を伴わない學説は現代の科學より見て學問的水準に遠ぜずとの趣旨のもとに原告の飜意を促したものであり、本訴に於ける被告爾名の答辯も右と同趣旨であることは當事者双方の主張自體から明瞭であつて、その間侮辱的言辭の存することは主張だにない以上原告が右囘答又は答辯によつて不快の念を生じたとしても、それは學問上の見解の相違から生じたに外ならず、被告等が原告の名譽を毀損したことにはならない。本件訴訟の經過からすれば、原告は被告等の前記なような行爲をなすに至つたのは、從來の獨斷的學説に依據して原告の正當なる學説を誤まれりとしたからであり、從つて前記の處置が不當であるとなすものの如くであるが、若しこの見地から右處置の當否を判斷するとすれば必然的にそれぞれの學説の方法的内容的當否の審査を必要とし裁判によりその學説の當否優劣を決定する結果を招來する斯ることは單に妥當でないのみならず裁判所の審査權限の範圍外に屬することである。

以上の理由により原告の第一次の請求は採用できない。

次に原告の被告に對する講堂使用許可の請求につき考えて見るのに、被告等が原告の名譽を毀損したものでないことは前段説示の通りであるのみならず國又は公共團體に對する損害賠償も民法の規定に依り、別段の意思表示なき限り、金錢を以てその額を定むべきであるところ原告の主張する請求原因中かかる特約は認められず、又その他被告に對してこの義務を負はしむべき理由は存在しないし名譽囘復の方法として適當なりとも認め難いので、この點の請求も理由がなく、よつて原告の請求はすべて失當として棄却せらるべく、訴訟費用の負擔につき、民事訴訟法第八十九條を適用し主文の通り判決する。

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